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諏訪井 セタリン 氏 
略 歴

諏訪井 セタリン

現職 :
プノンペン王立大学 言語学部教授
最終学歴 :
法政大学 日本文学学科 博士後期課程(2010年)
主要職歴 :

1992年  東京外国語大学 非常勤講師

2000年  桜美林大学 非常勤講師

2001年  横浜国立大学 カンボジア語 非常勤講師

2004年  筑波大学 カンボジア語 非常勤講師

2010年 王立プノンペン大学 言語学部 教授

    現在に至る

主な論文
  1. 「カンボジアと日本の仏教説話の比較研究―布施の観念を中心に」博士論文、法政大学2010年

  2. 「クメールクロムに於ける説話」(文部科学研究補助金)、2009年
  3. 「カンボジアと日本の仏教説話に見る布施」『国際日本学第6号』法政大学国際日本学センター、2009年

  4. 「カンボジアの女性の表現」『社会文学第27号』2008年
  5. 「カンボジアにおける日本文学の受容」『法政大学日本文学誌第73号』2006年
  6. 「伝承で見る日本の龍神とカンボジアのナーガ―八百万の神々の中の龍神とカンボジアの精霊信仰のナーガ―に対する考察」『国際日本学論叢,2005第3号』

  7. 「児童の絵画における遠近法」修士論文、1979年

   以上のほか、現在に至るまで論文多数

主な著書
  1. 『クメール語入門:カンボジア語』連合出版、単著2008年10月 

  2. 「カンボジアの歴史とクメールのこころ」『アジア世界のことばと文化』成文堂、砂岡和子、池田雅之編著 2006年

  3. 『クメール語入門用語編』連合出版
  4. 『クメール語入門』連合出版、2004年
  5. 『アンコールワットの青い空の下で』(シハヌーク国王文学受賞作)Terra Inc出版、1999年

  6. 「バンテイアイ・スレイ物語」「アンコール・ワット物語」「乳海攪拌」など『アンコールのモナリザたち』BAKU斉藤、草の根出版2002年
  7. 「カンボジアの女性自立支援を通して」『アジアの中の日本を考える:女性学の視点から』大阪女子大学女性学研究センター、田川健三編1998年
  8. 『日本語-カンボジア語辞典』メコン社 峰岸真琴、ペンセタリン編著1993年

  9. 『私は水玉のシマウマ』(日本とカンボジア文化比較)、講談社1992年
   以上のほか、現在に至るまで著書多数

備考 :2010年3月博士号取得(法政大学)

業績紹介

「カンボジアにおける教育支援活動への貢献」に対して

 

 諏訪井セタリン氏は、かつてフランスの植民地であったカンボジアで高校を卒業後、日本の文部省(当時)の留学生試験に合格。カンボジア人女性初の国費留学生として、今から約40年以上前に来日した。

 その後、東京外国語大学付属の日本語学校を経て、東京学芸大に進み、将来カンボジアの発展に役立ちたいとの強い思いから「教育学」を学んだ。

 そんな中で、ポル・ポト政権による極端な恐怖政治による知識層の弾圧、強制労働、殺戮が突如始まる。セタリン氏は家族と音信不通になり、とうとうカンボジアに帰国する途が閉ざされてしまったのである。

 その後、日本とカンボジア間で国交がないヘン・サムリン政権下に、母国に一時帰国した際、小学校の教科書があまりに粗雑で殺伐とした内容であることに、同氏は愕然としたという。

 内戦が続いていたカンボジアでは、教育の場に戦争の話が持ち込まれることが日常となっており、同氏はカンボジアの将来に強い危機感を抱いた。これが契機で1995年にNGO団体「CAPSEA」(東南アジア文化支援プロジェクト)を熱い思いを込めて立ち上げた。

 

 「CAPSEA」では、日本人と協働し、カンボジアが何よりも必要とする平和的な内容の副読本を編纂のうえ、毎年カンボジアに直接配布する活動などに取り組んだ。

 また女性の社会進出の一助とすべくプノンペン郊外に「女性自立センター」を開設し、カンボジアの伝統織物の研究保存会を立ち上げ、小さな村々を訪ね、子どもたちに紙芝居や絵本の読み聞かせをする「移動図書館」を開設するなど、貧しい子どもたちに夢を与える数々の取組みに大いに尽力した。

 

 セタリン氏は翻訳家・文筆家としても類まれなる才能を発揮している。

 日本・カンボジア両国の文化理解のために、「芥川龍之介、森鴎外短編集」「泉鏡花/夜叉が池、高野聖」「菊地寛/恩讐の彼方に」など日本の古典文学の数々を翻訳し、カンボジアの人々に紹介するとともに、両国を舞台に愛・慈悲・平等と寛大をうたった「アンコール・ワットの青い空の下で」(1997年度シアヌーク国王文学賞)をはじめ、自らも小説やエッセイなどを手がけている。これらの作品を通じて、同氏の祖国カンボジアへの誇りや、第二の祖国となった日本への愛情の一端を垣間見ることができる。

 

 セタリン氏は、内戦時代から悲惨なまま放置されていたカンボジアの国民に医療品を届け、未来を担う母国の子どもたちのため学校建設や奨学金事業に取り組むなど、休む間もなく文化復興に奔走しているが、故永六輔氏をはじめ、セタリン氏の生き方に共感した文化人は数多く、同氏が手がけるカンボジアレストランは、文化人のサロンとして今も親交の場となっている。

 

 またセタリン氏は研究者としても一流の顔を持ちあわせている。

 たとえば、ベトナム・メコンデルタのクメール・クロム(カンボジア人)がプレ・アンコール時代(7世紀)から語り継いだクメール民話を初めて調査。カンボジア本土の民話との比較や日本の龍神とカンボジアのナーガ伝説との比較などを通じて独自の学説を展開し、天竺(インド)の『ジャータカ』のカンボジア版を基軸にカンボジアの『チアドク』と日本の『三宝絵詞』や『今昔物語』などの仏教説話を比較検討するなど、カンボジアと日本の比較文化論とも評される一連の調査・研究活動は、高く評価されている。

 

 セタリン氏は2010年からプノンペン王立大学の言語学部教授に就任したこともあり、現在は東京とプノンペンを行ったり来たりの多忙な毎日を過ごしており、文字どおり日本とカンボジアの懸け橋となっている。

 ポル・ポト政権崩壊から40年が経過し、カンボジアの教育水準は少しずつ向上しているが、いまだ地方での識字率は低く課題も山積している。そんな中で支援に努力を惜しまないセタリン氏の姿勢は賞賛に値する。

 

 以上のとおり、諏訪井セタリン氏が、カンボジアにおける教育支援活動に長年果たしてきた貢献は著しい。よってその功績は大同生命地域研究特別賞にふさわしいものと高く評価する。

(大同生命地域研究賞 選考委員会)