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上羽 陽子 氏
略 歴

上羽 陽子

現職 :
国立民族学博物館 人類文明誌研究部 准教授
最終学歴 :

大阪芸術大学大学院芸術文化研究科博士課程後期修了(2002年)

主要職歴 :

2002年 大阪芸術大学大学院芸術文化研究科研究員

2003年 大阪芸術大学通信教育部工芸学科ファイバーコース非常勤講師

2003年 大阪市クラフトパーク織物工房 非常勤指導員

2008年 国立民族学博物館文化資源研究センター 助教

2013年 国立民族学博物館文化資源研究センター 准教授

2017年 国立民族学博物館人類学文明誌研究部 准教授

     現在に至る
主な著書・論文
  1. 『現代手芸考――ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、上羽は第一編者)、フィルムアート社、2020年、編著

  2. 「『手芸的なるもの』を探る」上羽陽子、山崎明子(編)『現代手芸考――ものづくりの意味を問い直す』、pp.9-27、フィルムアート社、2020年、単著

  3. “Strategic Choices of Techniques: Dyed and Printed Textiles for Goddess Rituals in Gujarat, Western India” in Nakatani, Ayami ed. Fashionable traditions: Asian handmade textiles in motion, Lanham: Lexington Books. pp.235-251、2020年、単著

  4. 『学校と博物館でつくる国際理解教育のワークショップ』(中牧弘允、中山京子、藤原孝章、森茂岳雄と共編、上羽は第一編者)(国立民族学博物館調査報告(SER)138号)、国立民族学博物館、2016年、編著

  5. 「『見方』を開発――インドの染織資料が見えてくる」『学校と博物館でつくる国際理解教育のワークショップ』(国立民族学博物館調査報告(SER)138号)、国立民族学博物館、pp.69-76、2016年、単著

  6. 『インド染織の現場 つくり手たちに学ぶ』、臨川書店、2015年、単著
  7. 「インド・グジャラート州アーメダバード市における女神儀礼用染色布の製作技術の現状」『国立民族学博物館研究報告』37(1)、pp.1-51、2012年、単著

  8. 「NGO商品を作らないという選択――インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(地域研究コンソーシアム『地域研究』編集委員会)『地域研究』vol.10 no.2、pp.204-223、昭和堂、2010年、単著

  9. 「インド西部ラバーリーの女神祭礼における刺繍布の変化について」『鹿島美術研究年報』26号、pp.346-357、財団法人鹿島美術財団、2009年、単著

  10. 「牧畜民の繊維利用――インド西部ラバーリーを事例に」『ビオストーリー』vol.12、pp.30-37、生き物文化誌学会、2009年、単著

  11. 「暮らしと技法からみる刺繍布」三尾稔、金谷美和、中谷純江(編)『インド刺繍布のきらめき――バシンコレクションに見る手仕事の世界-』pp.16-55、昭和堂、2008年、単著

  12. 『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼――ラクダとともに生きる人びと』、昭和堂、2006年、単著

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2002年 芸術文化学博士(大阪芸術大学)

業績紹介

「現代インドにおける染織文化の変容動態の研究」に対して

 

 

 上羽陽子氏は、グローバル化がすすむ現代インドの染織文化の変容動向について民族芸術学的視点から実証的に研究してきた。布の製作者でもある同氏は、その経験をいかしながら、つくり手の視点から、つくり手の創意工夫や手工芸技術の継承法についてアプローチすることによって、技法から布の役割や機能を明らかにすることに成功している。

 同氏の研究の原点は、大学生時代に、インド西部グジャラート州で開催された国際絞り会議へ赴き、当該地域の多様な染織品とであったことにある。そこでは当時、一般に染織のなかでは芸術性が低いと捉えられがちな、刺繍・アップリケ・編物など、日本で手芸と呼ばれる造形物の価値を見直すこととなった。言い換えれば、手芸とはなにか、繊維をもちいた造形物におけるヒエラルキーはどのようにして生まれるのか、といった大きな問いが生まれ、同州カッチ県のラバーリーの刺繍布を調査するきっかけとなった。

 上羽氏の研究スタイルの特徴は、調査地で製作技術を習得し、その過程で知り得た情報をもとに考察する点にある。大学院生時代は牧畜を主な生業とするラバーリーのもとで、衣装製作や刺繍、糸紡ぎ、編み、織りの製作技術を総合的にまなび、ラバーリー社会における染織品の機能や役割について明らかにした。この博士号請求論文をもとに出版された『インド、ラバーリー社会の染織と儀礼——ラクダとともに生きる人びと』(2006年、昭和堂)には、「第4回木村重信民族藝術学会賞」が与えられ、インド地域における民族芸術学や染織研究という分野において新たな地平の一端を切り開くとして高く評価された。

 同氏が調査を開始した1990年代後半のインドは1991年の経済自由化によって手仕事の現場に大きな変化が起きていた転換期であった。そこで、彼女は、製作者たちが伝統的形態を継承しながらも、現代的な要素をいかに選択しているかに注視し、モノと人との関係を明らかにした。その成果は、“Strategic Choices of Techniques: Dyed and Printed Textiles for Goddess Rituals in Gujarat, Western India” in Nakatani, Ayami ed. Fashionable traditions: Asian handmade textiles in motion(2002, Lanham: Lexington Books. pp.235-251)など英語でも発表されている。

 同研究はさらに、大学共同利用機関法人人間文化研究機構地域研究推進事業のもとで展開され、その成果は、今秋開催予定の国立民族学博物館企画展「躍動するインド世界の布」(2021年10月28日〜2022年1月25日)にて発表される予定である。当該、関連書籍として、布を切り口としたインド社会論としてまとめられた編著『躍動するインド世界の布(仮)』(金谷美和共編)も出版される予定である。

 同氏は研究の原点である「手芸とはなにか」に迫る目的で、ラバーリーの染織文化研究を共同研究へと発展させ、文化人類学、ジェンダー研究、美術・工芸史、ファション研究などの諸分野の研究者や繊維造形作家たちとともに、『現代手芸考——ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子共編、フィルムアート社、2020年)を発表している。「つくる」「教える」「仕分ける」「稼ぐ」「飾る」「つながる」という身体的なテーマと、「技術」「伝承」「アイデンティティ」「社会階層」「自己表現」「社会空間」という社会的課題とを組み合わせることで、既存の文化や芸術の枠組みを再考し、ものづくりの意味を浮かび上がらせようとする新たな研究領域の開拓を試みた。それは同時に、地域的な広がりへの展開でもあった。

 上羽氏の研究スタイルのもう一つの特徴は、成果をつねにワークショップなど実践的に社会に還元し、その場をフィールドとする研究をも進めるという点である。2009年には、国立民族学博物館企画展「インド刺繍布のきらめき——バシン・コレクションに見る手仕事の世界」そのものならびに関連ワークショップについて、企画立案と運営を担当した。インド西部の人びとの刺繍布を中心とした在来知識を、どのように実践的に他者に伝わるかを工夫した。文字による解説でなく、布・糸・針を使って工程を再現した刺繍技術解説パネルの考案などは、博物館来館者に技術体験させる新方式として評価され「意匠学会作品賞」を受賞した。

 同氏は2018年より民族藝術学会の学会誌編集理事を務め、編集主幹として学会誌のリニューアルに携わり、『民族藝術学会誌 art/ 』を刊行するなど、学会の発展にも少なからず寄与している。

 以上のような上羽陽子氏の研究実績や学術活動を高く評価し、民族芸術学からの地域研究へのさらなる貢献に期待して、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。

 

  (大同生命地域研究賞 選考委員会)