- 現職 :
- 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 准教授
- 最終学歴 :
- 総合研究大学院大学文化科学研究科地域文化学選考 博士後期課程修了(2007年)
- 主要職歴 :
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2005年 日本学術振興会特別研究員(DC2)
2007年 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所非常勤研究員
2009年 早稲田大学イスラーム地域研究機構 研究助手
2010年 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教
2014年 同上 准教授 - 現在に至る
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『移民/難民のシティズンシップ』(編著)〔有信堂高文社,2016〕
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「紛争とともに住むこと――イスラエルとパレスチナの境界」堀内正樹編『<断>と<続>の中東─―非境界的世界を游ぐ』〔悠書館,2015〕
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「ハマースをめぐる政治とガザ戦争」〔『中東研究』522,2015〕
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「パレスチナ――ハマース否定が導いた政治的混乱」青山弘之編『「アラブの心臓」に何が起きているのか――現代中東の実像』〔岩波書店,2014〕
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「パレスチナ女性の語りに見る抵抗運動――ナショナリズム運動との関わり」福原裕二・吉村慎太郎編『現代アジアの女性たち――グローバル化社会を生きる』〔新水社,2014〕
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「ハマースの政権掌握と外交政策」〔『国際政治』177,2014〕
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“Palestinian Migration under the Occupation: Influence of Israeli democracy and Stratified citizenship”co-authored with Shingo Hamanaka〔Sociology Study 3(4), 2013〕
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「パレスチナ人のグローバルな移動とナショナリズム――「中心」を相対化する「周辺」の日常実践」三尾裕子・床呂郁哉編『グローバリゼーションズ――人類学、歴史学、地域研究の現場から』〔弘文堂,2012〕
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「パレスチナにおける抵抗運動の変容」酒井啓子編『中東政治学』〔有斐閣,2012〕
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「並存するナショナル・アイデンティティ―─離散パレスチナ人によるパスポート、通行証の選択的取得をめぐって」陳天璽・近藤敦・小森宏美・佐々木てる編『越境とアイデンティフィケーション――国籍・パスポート・IDカード』〔新曜社,2012〕
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「パレスチナ/イスラエル 一国家案の再考――国家像をめぐる議論の展開とシティズンシップ」〔『経済志林』79(4),2012〕
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「パレスチナにおける社会運動とインターネット利用――二〇一一年「アラブの春」とフェイスブック上での抗議運動の展開」〔『地域研究』12(1),2012〕
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「ヨルダン・ハーシム王国におけるアラブ大変動の影響――内政と外交にかかわる政治・社会構造および直面する課題」酒井啓子編『<アラブ大変動>を読む――民衆革命のゆくえ』〔東京外国語大学出版会、2011〕
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「レバノン政治とパレスチナ人の就労問題――2010年の法規制緩和と帰化をめぐる議論」〔『中東研究』510,2011〕
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「パレスチナ人であるという選択――アイデンティティと国籍、市民権をめぐる可能性」ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉編『〈鏡〉としてのパレスチナ――ナクバから同時代を問う』〔現代企画室,2010〕
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「ヨルダンにおけるガザ難民の法的地位――UNRWA登録,国籍取得と国民番号をめぐる諸問題」〔『イスラーム地域研究ジャーナル』2,2010〕
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『ディアスポラのパレスチナ人――「故郷(ワタン)」とナショナル・アイデンティティ』〔有信堂高文社,2010〕
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :2007年 文学博士(総合研究大学院大学)
「中東地域における離散パレスチナ人難民に関する人類学的・政治学的研究」に対して
錦田愛子氏は、中東地域、とりわけヨルダンとレバノンに居住するディアスポラ(離散)のパレスチナ人難民を対象に、その社会的・政治的状況とアイデンティティについてフィールド調査に基づいて実証的に研究してきた。また難民を取り巻く状況を同時代的に明らかにするため、パレスチナ、レバノン、およびヨルダンの政治体制や法制度の研究にも取り組んでいる。こうした調査研究は、離散パレスチナ人の生活の営みを地域全体の動向の中に位置づけて理解しようとする試みとして、高く評価されるものである。
同氏の研究の基礎となるのは、2年間にわたるヨルダンおよびパレスチナ自治区でのフィールドワークである。その調査滞在期間中に習得されたアラビア語のパレスチナ方言やインフォーマントとの信頼構築の手法は、その後の聞き取り調査においても活用されている。ヨルダン国内のパレスチナ社会とパレスチナ自治区とのつながりを、親族関係や人々の往来を通して明らかにした博士論文での研究は、その嚆矢となるものである。ヨルダン人口に占めるパレスチナ人の割合が高いことはよく知られるが、彼らのナショナル・アイデンティティや帰還権に対する意識は、政治的にセンシティブであり統計上は明らかにし得ないテーマである。その点について同氏は、多様な社会階層のパレスチナ人がヨルダンに住みながら「故郷」(アラビア語でワタン)との間で築く関係性の分析を通して、多面的かつ実態的に描き出すことに成功した。
イスラエル建国後、ディアスポラの状態におかれたパレスチナ人難民について、同氏の研究はさらに地域間の比較研究へと展開している。パレスチナ人の主要な離散の地のひとつである隣国レバノンは、パレスチナ人難民に国籍・市民権を与えないという意味で厳格であるという点で、国籍・市民権を与えたヨルダンとは正反対の立場をとっている。その対照性について、同氏は両国において難民がおかれた法制度上の位置づけの違いに注目して、研究成果を出している。なかでも国籍・市民権を採り上げることで、比較の俎上に載せられにくいパレスチナ人難民の直面する課題の分析を、シティズンシップ研究の一環として行ったことは、学術的にも価値が高い。また、こうした制度的側面への着目は、同氏がレバノン国内のパレスチナ人難民問題や、ヨルダン国内での無国籍のパレスチナ人、すなわちガザ難民の問題など、政治的側面に対する調査が困難なテーマについて取り組むことのできる研究枠組みを提示することとなった。
2011年に「アラブの春」と呼ばれた政治変動の開始以降、同氏の研究関心は中東地域研究として、中東各地に離散する難民を取り巻く政治変動や政治体制そのものにも向けられてきた。パレスチナ人難民をめぐる状況を明らかにするためには、難民自身についての内在的な理解だけでは不十分であり、難民の居住する地域社会や政治的動向をも同時に捉える必要があるという、より包括的な中東地域研究に向けた問題認識を示すものである。
このように政治変動の観点からの中東地域研究を展開する一方で、人の移動とアイデンティティをめぐっても氏はその問題関心を広げている。パレスチナ人難民のみならず、中東アラブ地域からヨーロッパ諸国に向かう移民や難民にも関心が向けられているが、その際、アラビア語話者の移民や難民に調査対象を限定してフィールドワークを重ねている。地理的・空間的に調査対象を移して、これまでの分析手法と考察枠組みを適用することで、中東地域研究の新たな展開の可能性を示しているといえるだろう。
これらの研究成果について、同氏は国内学会のみならず、国際的な研究集会においても積極的に発信を続けてきた。またイスラエルで2年間在外研究を行い、ヘブライ語の習得に努めるなど、中東地域研究をより深めるための努力も怠っていない。
さらに同氏は、個人研究だけでなく、共同研究組織者としても数多くのプロジェクトを手がけており、学会でも責務をこなすなど、現代中東地域研究を率いる優れた若手研究者の一人といえる。
以上の理由から、錦田愛子氏の研究は今後のさらなる活躍が期待されるものであり、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい将来が嘱望される研究者として選考した。
(大同生命地域研究賞 選考委員会)