- 現職 :
- 横浜市立大学国際総合科学部 教授
- 最終学歴 :
- 東京外国語大学大学院 地域文化研究科 博士後期課程修了(1999年)
- 主要職歴 :
- 1999年 横浜市立大学国際文化学部 専任講師
- 2003年 同上 助教授
- 2005年 同上 国際総合科学部 准教授
- 2015年 同上 教授
- 現在に至る
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Trams, Buses and Rails: The History of Urban Transport in Bangkok, 1886-2010. Chiang Mai, Silkworm Books, 2014, 436p.
- 『タイ謎解き散歩』〔KADOKAWA, 2014〕325 頁
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「交通網の発達―自動車依存社会の出現」 綾部真雄編『タイを知るための72 章』綾部真雄編 〔明石書店, 2014〕92~96 頁
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『都市交通のポリティクス バンコク 1886~2012 年』〔京都大学学術出版会2014〕530 頁
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Rails of the Kingdom: The History of Thai Railways. Bangkok, White Lotus, 2012, 214p.
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「物流史」 社会経済史学会編『社会経済史学の課題と展望:社会経済史学会創立80 周年記念』〔有斐閣, 2012〕347~360 頁
- 『東南アジアを学ぼう 「メコン圏」入門』〔筑摩書房, 2011〕191 頁
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「自然・地理」他 赤木攻監修『タイ検定』〔めこん, 2010〕分担部分:65~116 頁
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「東南アジア大陸部」 小池滋・青木栄一・和久田康雄編『鉄道の世界史』〔悠書館, 2010〕分担部分:551~581 頁
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『王国の鉄路 タイ鉄道の歴史』〔京都大学学術出版会, 2010〕386 頁
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『鉄道と道路の政治経済学 タイの交通政策と商品流通 1935~1975 年』〔京都大学学術出版会, 2009〕488 頁
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「バンコクの都市鉄道」 日本タイ協会編『現代タイ動向 2006-2008』〔めこん, 2008〕217~241 頁「バンコクの都市鉄道」
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『物語 タイの歴史』〔中央公論新社, 2007〕310 頁
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Laying the Tracks: The Thai Economy and its Railways, 1885-1935. Kyoto, Kyoto University Press, 2005, 327p.
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『タイ経済と鉄道 1885~1935 年』〔日本経済評論社, 2000〕381 頁
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :1999年 博士(学術)(東京外国語大学)
「タイを中心とする東南アジアの交通・鉄道に関する社会経済史的実証研究」に対して
柿崎一郎氏は、現在、横浜市立大学国際総合科学部教授である。柿崎氏は1999 年、東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程を修了後、横浜市立大学国際文化学部専任講師・同助教授、国際総合科学部准教授を経て、2015 年より現職につかれている。
柿崎氏は東南アジアの地域研究者であり、なかでもタイ国を中心とした交通と鉄道に関する経済史的な研究を中心にこれまで研究をつづけてこられた。東南アジアでは、交通・鉄道に関する社会・経済史的な研究を目指す研究者は数少なく、こうしたなかで柿崎氏は新しい分野の開拓者として大きな成果をつぎつぎと上げてこられた。柿崎氏の研究業績を一覧してわかるのは、交通の実態と変容の歴史が地域の経済や社会にどのような影響を与えてきたかについての探求が問題意識として貫かれていることである。交通や鉄道に興味をもつものにとり、あるいは東南アジア地域の社会や文化に関心のある研究者や一般の人びとにとっても、交通・鉄道という切り口の面白さを存分に伝えてくれる点でたいへん独創的な研究であるといえるだろう。
世界史的な視野からみても、たとえば北米の大陸横断鉄道やシベリア鉄道、満州鉄道、インド亜大陸における鉄道史などと比較しても、東南アジア地域の交通史・鉄道史の研究は前例を見ない実証研究として大きな貢献を果たしたと位置付けることができるだろう。
周知の通り、東南アジア大陸部では西洋列強の大きな影響を受けるなかで激動の時代を経て、戦後期に大きく経済発展してきた。タイ国は列強による植民地支配を受けることなく、産業化の中軸としての役割を果たしてきた鉄道建設を通じて、強大な王権を背景として工業化・近代化を遂げてきた。柿崎氏はそのタイ国を選び、自らタイの鉄道網を乗り尽くし、情報を収集した。
タイ国ではヒトや物資の移動は陸路における車や水運を中心になされてきたが、経済発展と比例して、乗客層や輸送物資に質的な変化が起こった。すなわち、伝統的な「旅客」輸送の終焉、長距離旅客の出現、貨物輸送品目の変化などを経て、21 世紀に入って新たに鉄道輸送が大きく復権しようとしている。さらに、日本におけるような新幹線による高速鉄道計画も進められている。東南アジアの大陸部では陸続きに国家が併存しており、人とモノの移動も越境しておこなわれる傾向がある。グローバル時代に至り、交通を通じた流動現象がさらに顕著にみられるようになった。
こうした時代背景を基盤として、柿崎氏はタイ国の鉄道史に関する研究を進め、処女作ともいえる『タイ経済と鉄道1885~1935 年』(日本経済評論社、2000 年)によって2001 年に第17 回大平正芳記念賞を受賞している。それ以降、今日に至る15 年間に、学術書を7 冊(内、英語3 冊)、一般書3 冊(タイ通史、メコン圏入門、タイ謎解き散歩)、論文40 点以上、タイ語の報告書3 冊を上梓している。
柿崎氏による学術書の高い生産能力はタイ国の国立図書館、国立公文書館に所蔵されている文字史料を渉猟した賜物である。19 世紀後半期から現代にいたるタイの鉄道と道路の政策立案プロセスとその政治的な背景を、鉄道・道路建設の過程、建設後の経済・社会への影響などに焦点をあててつぶさに実証した成果として結実した。
また、『鉄道と道路の政治経済学 タイの交通政策と商品流通 1935~1975 年』(京都大学学術出版会、2009 年)や『王国の鉄路 タイ鉄道の歴史』(同出版会、2010 年)を通じて、19 世紀終末期から1990 年代にいたる交通史を政治・経済的な指標から、黎明期と「政治鉄道」期、「政治鉄道」からの脱却期、戦時と復興期、転換期を経た鉄道の復権期へと、時代区分を踏まえた分析をおこなっている。
注目すべきは、交通に関して地域間の地理的な距離ではなく、「時間距離」を算定し、それにもとづく商品流通の流れを追跡した手法が経済発展を遂げつつある現代のタイ国における発展モデルの基盤となる情報を提供することとなった点である。この点も地域研究の大きな貢献であるといえるだろう。
以上のような卓越した研究業績に加えて、柿崎氏は日タイ学会での積極的な活動や、学生教育面でも非凡な能力を発揮し、東南アジア研究者として将来を嘱望されている。また、タイ国は日本とも経済、文化、社会面で非常に密接な関係があり、両国のつながりは今後ともに増えることが予想される。柿崎氏の交通研究を通じた学術交流も大いに期待することができる。以上の理由から、ここに柿崎一郎氏を大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。
(大同生命地域研究賞 選考委員会)